事件が起きた。そしてそのせいで……いやそのお陰でげと言ったほうがいいのか、野乃野足軽と平賀式部はその日は起きてからすぐに、そもそもが全く意味がなかった連絡先の交換だったがそれがようやく今、この段階で活用できた。
『これって一体? ちなみにだけど、心当たりって……』
『安心して、私の友達は野乃野くんだけ』
そんなやり取りを二人はしてた。そしてそんな平賀式部の返信に野乃野足軽はちょっとニヤニヤしてて、朝食のときに、妹から「キモっ」とか言われてたのは内緒だ。実際これは自分たちではどうにも出来ないから、二人でちょっとやり取りできたことにラッキーって思って野乃野足軽は家を出た。
本当ならもっと二人でやり取りをしたいと思ってたところでもあった。けど実際、なんの意味も無いことを送って良いものかっていう葛藤がずっと野乃野足軽にはあった。これがもしも、男友達とかなら、流石にここまで悩んでなんていないだろう。
けど平賀式部は野乃野足軽にとっては気になる女の子だ。そんな相手に気軽に「今、何してる?」とか「今、暇?」とかそんな軽い事をきっかけに話しを振っていく……ってことが出来なかったんだ。
別に平賀式部からも何か来るわけでもなかったから、余計にだろう。相手はこの連絡先の交換を別になんともない物……と捉えてるんだろうって野乃野足軽は思ってた。
けど平賀式部の方も同じように実は思ってたんだ。
平賀式部は駅直通のタワマンに住んでるが、電車で通学をしてるわけじゃない。なにせ平賀式部は美少女である。一駅二駅であろうと、毎朝の満員電車は苦痛だし、何よりも美少女には美少女の危険というものがある。
そう、それはチカンだ。満員電車と言うのはその通りで満員なわけで……そうなると肌と肌が触れ合う距離なわけだ。平賀式部にはそれが耐えられない。いや、女性専用車両を使えばいいじゃんと思うかもしれないが、平賀式部ほどの美少女ともなると、同性だって信じられなるものではない。むしろだ……同性だからってことで、大胆なやつがいるほどである。
なので朝は電車は使わないようにしてる。じゃあどうやって通学してるかというと、車だ。勿論平賀式部が運転するわけではない。高1である彼女にはまだ免許は取れない。なので運転手つきのハイヤーで通勤してる。けど校門の所で堂々と降りる……なんてことはやってない。
なにせそんなことをやったら漫画とかでよくある金持ちキャラがやってることと同じになるからだ。別に目立ちたいわけじゃないし、なるべくなら平賀式部も目立ちたくないって思ってる。だから学校の近くまで行って、そこからは徒歩だ。
本当ならその近くを野乃野足軽の通学路の方向に切り替えて、偶然を装って会って、そこから二人で通学ってのを夢想してたりした。けどそれは諦めたという経緯が平賀式部にはあった。
「本当にこれで良かったかしら? 私の友達は野乃野くんだけ――と、ハートマークとかつけたほうがよかったかな? それとも怒りマークとか? いや、やっぱりこのままで……よかった筈。これからはもっとやり取りできるしね」
最初に送信した自分の履歴を見返して色々と車の中で反省してた。
「野乃野くんも不安になることなんてないのに。いやこれは心配だよね。私はあんな奴、一ミリも興味なんてないよ。でもちょっとは感謝してる」
事務的なやり取りでしかこのアプリ使ってなかったが、これで毎朝……いや、これから放課後とかもこうやってやり取りをしてもいい……という感じになってくれた。本当なら連絡先を交換してから、すぐにでもやり取りも開始したかったわけだが、野乃野足軽が迷惑かな? と思って自重してたんだ。
平賀式部は普段は誰も近寄って来ないから寡黙な人間だと思われてるが、別におしゃべりが嫌いなわけじゃない。ただそんな相手がいないだけで、普通の女の子なのだ。なので情報を共有していくって面でも、こうやって連絡をやり取りする頻度を増やせるようになった今回の事件には感謝してた。
「でもこんな嘘に、なんの意味が……私にそんな価値なんて無いのによくやる」
平賀式部はスマホの画面を見ながらそうつぶやいた。そしてその画面には、なんか平賀式部自身が知らない男と腕を組んでる写真が貼ってあった。勿論、平賀式部にはそんな心当たりなんて全然ない。だからこれは加工だろう。
けどそういう加工写真を使って、なにやら『俺が平賀式部の彼氏だ』と主張するやつがでてきたのだ。