「――。――ん。――ひら――ん」
教室では昼休みが始まってた。そんな中、平賀式部は机に突っ伏して寝てる。そんな彼女に声を掛けるのは、最近毎日、昼休みになるとやって来る男子。いや大人気の男子生徒、山田奏である。
彼が机で寝てる平賀式部へと声をかけてる。周囲の視線……山田奏はそれを全く気にしてない。男子は彼女の寝顔に癒やされてたから、そのまま寝かせておけよ……という視線もある。そして女子たちは、あんなふうに優しく彼(山田奏)から起こされてみたい……とか夢想してる者や、なんであいつばっかり……という妬みを向けてるものもいる。それに……だ。
ここには大人気の女子と男子がいるのである。廊下にもなぜかこの教室の前だけ人口密度が高くなってる。普段は流石にそんなことはない。今までは自重してたからだ。けど、どうやら山田奏のファンというか、想いを寄せてる女子たちは自重しないらしい。
というか、彼女たちは山田奏のファンとして、平賀式部を監視してるつもりなんだろう。学校で変な事をしないように……でもそれは余計なお世話のなにものでもない。けど彼女たち自身は自分たちが正当な行いをしてる……と思い込んでる。
そして思い込んでる人間ほど、厄介な物はない。なにせ奴らは自分たちを正義だと思ってるんだ。自分たちを正義だと思ってる奴らは何やってもいいと思ってたりする。
だから彼女たちは何を言ってもああいうこと辞めることはないだろう。それを知ってるからこそ、山田奏も放置してるのかもしれない。
「お目覚めかい?」
「ゴミが見える」
「光栄だね」
「……耳、おかしいの?」
目をこすりながら目覚めた平賀式部がそんな事を言う。まだまだうつろな彼女だけど、その言葉から放たれる毒はひどく鋭い。彼女の人間性がにじみ出てるようだ。でもそんな毒はどうやら山田奏には効かないらしい。ただ涼しい顔をしてる。むしろ毒を吐かれたはずなのに、満足そうだ。
「君にゴミだとしても、認識されただけで生まれてきた意味があるというものだよ」
こいつには何を言っても駄目だ……とか平賀式部は思ったのかもしれない。山田奏の言葉を無視して、隣の席を見る。けどそこは空だった。野乃野足軽はいない。その瞬間、なにやら平賀式部は胸を抑えた。
そしてうつむく。
「大丈夫? ずっと寝てたんだってね。具合が悪いなら、保健室まで付き合うよ」
そんな事を言ってくる山田奏の言葉なんて平賀式部は聞いちゃいない。ただ胸を抑えて、息を荒く吐いてる。それには流石に山田奏も本当に具合が悪いんでは? とおもいだした。
「大変だ、行こう」
息が荒くなってる平賀式部をちゃんと心配して彼女の腕をつかむ。けどその腕を弾く……というか、平賀式部は椅子から立ち上がる事を利用して、肩を山田奏にぶつけて、彼を押し退いた。
か弱い彼女が目の前の邪魔者をどかすにはこれしかなかったんだろう。思わずよろめいて後ろ斜めの机に座ってた女子にぶつかる山田奏。そんな彼には目もくれずに、山田奏を押し退いた平賀式部は教室を飛び出していった。