(どうして?)
そんなふうに野々野足軽は思った。だって……だ。だって野々野足軽は流石にあれは予想してなかった。なにせ男は変な仮面をつけてるのだ。はっきり言ってそれは格好いい仮面ではない。ベネチアとかで仮想するための仮面とかじゃないし、アニメの意味深なキャラがつけてるような格好いいものでもない。なんかどっかの民族が自然な感じで作ったような……木と草で作ったような……そんなのだ。
そんなのをつけた奴に声をかけられて、まさか……どうしてついてくる女性がいるのか!? というのが今の野々野足軽の心境だ。勿論だけど、周囲だって「なんで?」「どうして?」って感じで異様な二人を見てる。
いや、異様なのは男だけだが……でもあんな異様な男に美女がついてるというのはやっぱりちゃんと異常かもしれない。ちゃんと異常ってなんかおかしいが……
「どこにでも変な人は居ますね」
「そう……だね。まあけど、大人しくしてるみたいだし、まだマシだよ」
「うん、そうだね。あれは見た目だけのタイプね」
「はは……」
まあ本人は見た目がおかしい……なんて微塵も思ってなんて無いんだけど――と野々野足軽は心の中で思ってた。なにせ、なにせあれは野々野足軽の仕業なのだから。
当の本人、そもそもが野々野足軽にあの変な仮面を売りつけようとしてきた男は自分が思い描く理想の自分――って奴になってると心の底から思ってるのだ。
(だからこそ……か)
その勘違いがあの美女を連れてる理由かもしれないと野々野足軽は思った。
(いや、それでもおかしいけど……納得もできないけど……)
基本人に何が大切なのか……それは自信ではないだろうか? でも自分自身に自信を持つって、実は結構難しい。どんな可愛く見える人だって、自分の何処かにはコンプレックスを持ってて、それを気にしてたりするのはよくあることだろう。どんなに他人から見たら美人とか思われてたとしても、たった一つ、ほんの些細なこと……それこそ鼻がすこし低いとか、もうちょっと目が大きかったら……とか、唇の形が気に入らないとか、顎の形が……他人からはそんなの込みでも『美人』だというのに、本人にとってはそれが許せなかったりするものだ。
だからこそどんな美女だろうと整形したりしてる。それこそハリウッドの女優とかでだってそうだろう。それだけの人でも……自分自身に完全な自信を持つ――なんてのはとても難しい。
それに……だ。それにもしも会話をするなら、オドオドと会話をするよりも、流暢に、自信満々……までいったらうざいかもだが、それでも自信なさげに話をするよりも胸を張って話す方が印象としてはいいだろう。それに自信があれば、姿勢だって変わってくる。
前かがみで猫背な人よりも、シュッと背中を真っ直ぐに伸ばして、歩いてる人の方がなんかただそれだけで格好良くみえたりする……というのも普通にある。つまりは……だ。きっと彼女もそんな自信のある所に惹かれてるんでは? と野々野足軽は思った。
「俺はとんでもないことをしたのかも知れない……」
ぼそっと野々野足軽はそんな事をつぶやく。それに対して眼の前の平賀式部はキョトンとしてるが……野々野足軽はまさかの展開に困惑してる。てかあの美女にごめんって謝りたいくらいだった。
だってだ……あの男に自信をもたせたのは野々野足軽なのだ。あいつは今、自分を完璧な理想の顔になったと思い込んでる。あいつだけにはそう見えるように野々野足軽がしたからだ。
意図としてはそれで周囲にクスクスされてちょっとでも引かれればいい――だった。でも何故かどうやら……野々野足軽の行為はあの男に完全無敵な自信ってやつを持たせてしまって、それが変な方向で発揮されてしまってる。
だってほら……あんな変な仮面をしてるというのに、あの男が取る動作……所作……それはまさにイケメンが取るような……そんな動作ばかりだ。それを見てたらちょっとイラッとする野々野足軽……いやこの店にいる男性諸君はきっと皆が同じ気持ちを共有してた。