「ちょっと! ちょっと放してよ!!」
そんな風に野々野小頭は叫んでる。どういう状況なのかというと、走ってた。うん、もっと具体的にいうと、鬼が小頭をお姫様抱っこして高速で田舎道を走ってるのだ。
どうしてそうなったのか……それは少し前にさかのぼる。つまりはあの――ベギャ!! ――である。あの音は自転車が亡くなった音である。いや、なくなったというのは大げさかもしれない。なにせペダル部分の部品を交換出来たら、直すことは出来るかもしれないからだ。
けど、あいにくと家に変わりのペダルがある家なんて早々ないだろう。つまりは今はなおせなかった。そもそもがペダルの踏むところ……というか壊れたのはペダルの鉄の部分というか? 軸の部分というか、そんなのだった。
だからきっと自転車屋にもっていかないとどうにもできないだろう。流石にそんな事になったら小頭は思わず声を荒げてた。
「ああー! ちょっとどうするのよ! 何やってんのあんた!!」
とかね。でも思わず言ってしまったその言葉だが、言ってしまって小頭は「しまった」と思ったのも事実。思わずせめてしまったが、向こうが反撃に出てきたらどうしようもないのが実情だ。
だからまずいと思った。足軽なら……自身の本当の兄なら流石に妹に手を挙げる……なんてしないと思ってるが、小頭の前にいるのは今は鬼なんだ。
でも……
(あれ?)
なんか鬼は結構落ち込んでる? 背を丸めて地面を見つめるその姿はまるで後悔してるような? そんな風に小頭にはみえた。
「えっと……あの……」
そんな事を口にするとその瞬間だった。バッと鬼が顔を上げる。その顔から感情を読み取ることは出来ない。だってただただ、鬼は真顔だったからだ。
鬼といえば喜怒哀楽の『怒』が強調されてるような……そんな印象があった。常に怒ってるというか? 顔が怖いものだと……そんな風なイメージがあった。
でも目の前の鬼は怒ってるような表情はしない。いや、もっといえば表情がない。まあだからこそ、小頭は余計に不気味だと感じてる。
そしてそのまま鬼は素早く動いた。それが……
「きゃあああああああああああああああああ!?」
驚いた小頭の声が響く。そう、それこそがお姫様抱っこだったのだ。いくら小頭が暴れてもそんなのは鬼にはなんの意味もなかった。だって鬼は筋骨隆々の体なのだ。
それに対して小頭は女子中学生……力で抜け出せる訳はない。そしてそのまま鬼は走り出す。自転車が壊れたから、走っていく。きっとそんな単純な考え。
普通は……いや人間だと人一人を抱えて走るなんて一キロも無理だろう。けど、鬼は違うようだ。鬼は風景が車よりも早く過ぎるスピードで走り続けてる。