プロローグ ――勇者と魔王の災難――
「ここは……」
不思議な感覚だ。ついさっきまで、自分が何をやってたのか思いだすことができない。そして目の前には何やら暗い場所。LEDの様なものが何やらちかちかしてる様に見える。
ちゃぷ――
「なんだこれ?」
どうやら自分は半身浴をしてるようだ。暗い中でなんか自分の下半身が水のか何かに浸かってる。それはちょっと緑色に光ってる様な。
「あれ?」
そこで気づいた。なんかすごく下半身が綺麗だ。毛一つない。というか、ナニもない。下半身は水が光ってるおかげで何とか見えるから気づいた。そしてそれに気づくと上はどうなってるんだろう? という疑問が出てくる。幸いに、もしも……もしもあれがあるのなら、揉んだらこの暗闇でもわかる筈だ。
恐る恐る、その部分と思われる部分に手を持っていく。そして――
ふに……フニフニ……フニフニフニフニふにふに
――ある、だってやわかいもん。明らかに膨らんでる。
「ひゃん!?」
ちょっと興味本位で先っちょに触れてみたら、自分のとはおもえない声が出た。
「あーあーんん、あー」
思えば、声も最初から違ったのだ。さっきのちょっと艶っぽい声だけじゃない。元から自分の声が高かった。
「女に……なってる?」
一体何が? 変な液体に浸かってるし、もしかして何かの実験材料とかにされて漫画見たく性転換してしまったとか? けどそんな事があり得るだろうか? まあ実際あり得てるだが……
「思い出せない?」
前の事を思い出そうと試みてみるが、頭には何もないのかうかんでこない。
「いや、でも今の自分が自分じゃないってわかってる。それって前の事を覚えてるって事の筈……」
そうだよね? そのはずだ。なら何もないわけない。でも思い出せない。これはどういうこと? 思い出せないっていうか……なんか……
「痛い? イタタタタ」
頭痛い。これ絶対に何かされてない? 記憶とは収納みたいなものらしい。記憶は実はなかなか忘れないとかなんとか? それこそ今までの人生、きれいさっぱり忘れるなんてありえないだろう。忘れるって事は収納したものを上手く取り出せない感じとか聞いたが、これは違う。なにせ全てを無理やり押し込んで、鍵まで掛けられてるかのような……そんな感じだ。
さらに無理矢理開けようとすると、セキュリティーが発動して拒絶してるみたいな抵抗がある。こんなの絶対に自分でやれないでしょ。
「取り合えずどうしよう……」
なんで女になってるかは置いとくとして……いや、置いといていい問題じゃないが、解決策なんてないし……それよりもここがどこかも問題だ。そもそもなんで自分は半身浴をしてるのか……何かカプセルみたいなのに入ってるのかと思って手を伸ばしてみる。けど結構いっぱいいっぱいまで伸びた。完全にのびのび出来る。でもそれは前だけで、後ろは結構窮屈だった。いや、ちょっとは伸ばせるし、体をひねるくらいは余裕である。でも腕を一杯一杯は伸ばせない。
上にも伸ばしてみる。そっちはどうやらとどかない。脚は一応それぞれちょっと動く。この入ってる容器の中でだけだけど。脚は左右それぞれニーソみたいなのをかぶせてある。それをよく見ると、電気回路の略図の様な変なデザインが浮かんでたりしてる。これは本当にデザインなのだろうか? わからない。
「そういえば、寒くとか熱くとかない……」
自分は裸だ。だから外気を直に感じてる筈だが、不快感なんてものはない。丁度いい、そう丁度いいのだ。
「室内って事? 何か光ってるし、手届かないかな?」
周囲には緑の光を放つ場所がところどころにある。そこに手を伸ばしてみる。てか近くにも一応あるし、それを押してみた。ドキドキである。もしかしたら自分が解放されるかも……という期待も勿論あるし、他にも危ない想像としては、自分をこんな風にした奴に信号が行って誰かが来てしまうという事。
まあそれはそれで、事情が分かりそうなものだが……でも……
「自分裸だし……」
全裸の女の子を理性を保ってられる奴がどれだけいるだろうか? 同性ならまあ、大丈夫だろうが、なんか想像的にこんなおかしなことをやる奴はマッドな奴って想像になって自然とやばそうな男って感じだ。既に押してしまったから、既に遅いがなんか怖くなってきた。
『起動シークエンスを確認しました』
「え?」
何か機械音声みたいな声が聞こえた。そして周囲に明かりがつく。おまけに自分が半身浴してる液体もブクブクとなり出す。
「ええ!? 何々? 大丈夫これ?」
なんか溶かされそうとか思って足をじたばたするが、この薄い皮膜の様なニーハイはこの浴槽の底にでも繋がってるのか、出ることはかなわない。手が使えるんだから脱ごうとするんだけど、薄すぎてめくれないんだなこれが……しかもこんな薄いくせに滅茶苦茶丈夫というね。
絶対にストッキングとかよりも全然丈夫だろう。力いっぱい足を動かしもちぎれるようすないし、爪でひっかいても無理だ。これはもう溶けない事を祈るしかない。だってこんな細腕じゃ、どうしようもない。
『バイタル確認。正常の範囲内を確認。心拍、脳波のパターンをマスターと特定。起動パターンの省略開始』
「ええ? 何々? マスターって自分?」
わけわからない。周囲に、何やら見たことない文字が躍る。自分はマジでどうなったんだろうか? 何かとても大きなパソコンの中にでも閉じ込めらてる?
「いくぞおおおおおおおおおおおおおお!!」
「出来るものならやってみろおおおおおおおおおおおおおお!!」
うええええ!? なんかいきなりそんな声が聞こえてきた。どこから? そんな事を思ってキョロキョロとしてると、だんだんと意味が分からない数字や文字が流れてた所に色がついていく。そして見えてきたのは全周の景色だ。そこはとてもおどろおどろしい風景の場所だった。
空はなんか暗雲と紫の光が覆ってるし、周囲は枯れた木々と黒い岩が広がる生命なんていなさそうな場所だった。そしてその不毛な地に出来た大きなクレーター。その中心に、何やら二人の人物がいる。一人は白く、そして一人は黒い。
「うわっなにあれ?」
二人はものすごい速さで動いては攻防を繰り返してる。さらに輝く剣から剣線を放ったり、黒い方はそれを素手で握り潰したりしてる。さらに空だって飛んで……もう滅茶苦茶だ。
「なんか勇者と魔王の戦いを見てるみたい」
記憶は封印されてる感じだが、何となくそういう事は覚えてる。だから口をついて出た。
「貴様がいると、世界が混乱するんだ!! その力は強大過ぎる!!」
「だから死ねと! 殺すというか!! それが貴様等の都合だろう。我はこの世に生まれた。支配する為に生まれたのだ!! 貴様らの都合など知らぬわ!!」
うーん、マジで勇者と魔王のようだ。いやマジで。機械全開の中にいるから、なんかテレビ越しに見てる感じを捨てられないが、彼らの攻撃の余波は実はびりびりと感じてる。なにせ彼らが攻防を繰り広げるたびにクレーターが増えてくんだから恐ろしい。
黒い魔王っぽい人は羽があったり体毛が濃かったり、角とかあったりでなかなかに人間離れしてるからまあなんか強いのわかる。けど勇者っぽいイケメンは体的にはただの人の様に見える。その鎧や武器は見るからに神聖そうで強そうだが、人があんな力を発揮してるが、本当にアニメっぽい。画面越し感が強くなる。
なんかとても二人は盛り上がってる。クライマックスのバトルをしてる雰囲気だ。
「いや、本当にクライマックスのバトルなんじゃないかな?」
だって多分、彼らは本当に勇者と魔王っぽい。ならその戦いはクライマックスで間違いないだろう。彼らの仲間とかはいなんのだろうか?
そう思うと周りの景色に重なる様に、何やらこの場を上から見たような衛星写真の様なのが、ピコンと重なって出てきた。そこにはいくつかの点がある。
『生体反応が微弱な反応が近くに複数確認出来ます』
「あ、ありがとう」
なんか思わずお礼を言ってしまった。けどこの点が多分勇者の仲間とか? 魔王の方にも四天王とかがいたのだろうか? けどここに勇者が来てる時点で、そいつらやられてそうだよね。
「この戦いがこの世界の命運を決するとして……自分、部外者感半端ない……」
なんでこんな所にいるの? てか自分がどういう位置でこれを見てるのかよくわからない。いくつ目があるんだって感じで、彼らがいくら動いても、なぜか映像はとぎれない。どうなってるんだろうか? 異世界の技術スゴイ……
『起動シークエンス、間もなく完了します』
「ああ……うん」
なんか既に外? が見えてるからてっきり終ってるのかと……てか起動が終わったらどうなるの? わからない。とりあえず彼らの戦いもそろそろ終盤のようだ。二人は一定の距離を開けて、その力をためてるようだった。
「これで終わりだ魔王!!」
「それはこちらのセリフだ!! 貴様を滅し、この世界を手中に収めてやろう!!」
光と闇の力が集っていく。
「凄い……けど、これって大丈夫? なんか世界やばくない?」
『その見解は良であります。あの力がぶつかりあえば、世界の半分が吹き飛び、この世界は後数世紀で滅びることになるでしょう』
「うええええええええ!?」
とんでもない情報だった。いやいややばいじゃん! 何かわからないが、目の前で世界に致命的な傷が出来ようとしてるのなら、何とかしないと……と思ってしまう。何が出来るかは分からないが。
『どうされますか? 起動シークエンスは終了しました。リンクを完全なものにしますか?』
「え? え? それってやった方がいいの?」
はっきり言ってこの声も何かわかってないから。だからそれがやっていい事かどうかなんて判断できない。それなのに――
「「うおおおおおおおおおおおおおお!」」
――ヤバイ、もう撃っちゃう五秒前……いや三秒前かもしれない。呑気に説明なんて聞いてる暇ない。けどこれだけは聞いておかないとだろう。
「それをやると止められる!?」
『肯定します』
「ならお願い!!」
「フルリンクと口に出してください」
「ふ、フルリンク!!」
その瞬間、自分に何かが流れ込んでくるのを感じる。体が反り返って、天井が目に入る……筈だけど私には違う物がみえていた。それは光だ。流れてく光。
(あれ? 何をしようとしてたっけ?)
一瞬思考がまっさらになった。けど両耳から聞こえる音が自分が何をしようとしてたのか思い出す。
(そうだ! 勇者と魔王を止めないと!!)
そう思って体を自分は勢いよく動かす。それは夢中だった。だからその時、自分の見てる光景が違う事に気づかなかった。まあそれだけ自然でそれが今までは普通で、さっきまでが異常だったからしかたない。自分は立ち上がって走り出した。何か体からはがれた気もするがわからない。
ガシャンガシャン――と音がする。
魔王と勇者は勇者が地上で魔王が空からその攻撃を放ってて斜めにその攻撃はぶつかろうとしてる。既に放たれたそれは中央でぶつかるのを防ぐしかない。けど、高い! 自分は夢中で飛んだ!!
ゴオォォォォォォォォォォォ!! ――なんか勝手に体が浮いた。
「ダメえええええええええええ!」
そんな事を叫び必死に伸ばす腕。
グォン!! ――なんかとても頑強そうで鋼鉄そうな腕が伸びた。
「何!」
「なんだ!?」
奇しくも宿敵であろう二人が同じようなリアクションをした。まあいきなりの闖入者への反応なんて限られるか。てか……世界を破壊して寿命を大幅に縮めるはずの攻撃を両側から浴びてる割は、なんか平気なんですけど……
「まさかあんなのを隠し持ってるとは! 魔王!!」
「まさかこんな兵器まで作り出してるとはな! 天晴だぞ勇者!!」
あれ? なんか二人とも自分が両陣営の物だと思われてる? そのせいか、二人とも更に力を込めたようだ。力の板挟み状態が、ちょっときつくなった。何を言ってるんだと思うかもだが、だって本当にそのくらいなんだから仕方ない。
そしてそんな自分とは違って魔王と勇者は辛そうである。
(この程度の攻撃で? ――ってそっか世界を破壊させるほどの攻撃なんだよね)
なんかそんな気がしないが、そうらしい。
(どうにかして二人を止めるには……)
そう思うと、その方法が頭に浮かんできた。なにこれ? と思うが、今はそんな事はどうでもいいだろう。てなわけで早速実行。魔王と勇者の力を自身の糧として、更にお腹のちょっと下の所にある暖かい部分から力を持ってくる。
なんかわかんないが、そこに力がある気がした。
「な……」
「んだと……」
本当は仲いいのかお前ら? と言いたくなる言葉の引継ぎだった。けどその驚愕も当然かもしれない。なにせ自分は彼等の渾身の攻撃を自分のものにしてしまったのだから。黒と白のブレードが左右の手にある。エネルギー体だからか、あんまり安定してないみたいだが、一回使えれば十分だろう。
自分はそれぞれの力を持つ腕をクロスさせる。
「あんた達、止まりなさい!!」
そして二つの力を握る腕を広げて魔王と勇者に向けた。けど流石に当てると二人とも死にそうだからズラしたけどね。白と黒のブレードが二人を掠めていく。それにどうやら二人は反応できなかったようだ。自分の攻撃が通り過ぎたというのに二人は棒立ちだった。
(あれ? なんか自分の方が強い?)
薄々二人の渾身の一撃らしい攻撃を受け止めた時に思ってた。だって全然効かなかったし……二人は私の攻撃に呆然としてる。それも仕方ないのかもしれない。多分だけど、この二人って世界最強だよね? その世界最強の二人を悠々と超えるだろう力を、自分は示してしまった。それば呆然としてしまっても仕方ないだろう。
「なっなんなんだあれは!」
「俺が知るか!!」
なんか言い合いを始めた二人。まあそれも仕方ない。けどここはちょっとお説教が必要だろう。なにせ二人は世界を壊そうとしてたんだ。それは許されることではない。
『音声を外へと出力します』
「二人共、やめなさい!!」
どうやら気を利かせて自分の声を外にも伝わる様にしてくれたらしい。ん? 外? まあ、いっか。
「おい……あんなごつい物から随分可愛らしい声が聞こえたぞ」
「そうだな。魔王に同調したくはないが、同じ声が聞こえた」
なんか自分の声は可愛いらしい。ふふ、まあ悪い気はしない。けどごついとは何か……確かに顔は見てないが、体はとても華奢だった筈だ。違和感しかなかったが、そんな事を言われるのは遺憾である。
「こんな華奢な女の子に何言ってんの!? てかあんた達この世界を壊す気? 馬鹿な事はやめなさい!!」
「華奢はともかく、この魔王にバカとは言ってくれる!!」
「そうだ、これは世界を守る戦いだ!!」
この二人はどうやら真剣に世界の命運をかけてたようだが、それで世界が耐えきれないとは考えがいたってないようだ。確かに世界がどの程度で壊れるなんて、普通わからないか。自分だって変な声にいわれなけれはボーとみてたと思う。それなら二人を責めるのはお門違い?
「そうなんだ、けど二人の力は強すぎて世界が破壊されるのでこれ以上の戦闘を禁止します」
「ふざけるな! 何の権利が貴様にある!」
「そうだ!! 魔王はこの世界に存在してちゃいけない存在なんだ!!」
ううーん二人共どっちかを滅ぼさないといけないみたいな考えに凝り固まってしまってるようだ。確かに勇者と魔王……それは宿命の二人。戦いあう運命の元に生まれたといってもいいだろう。けど……
「どっちかを滅ぼさないといけない世界なんて間違ってるよ。貴方たちの世界はそんなに狭いの?」
「狭いな、弱者の居場所などない。弱者は我の食料として生きる以外は認めん」
「狭いんだ。手を取り合える範囲はとても狭い! そして魔族にその心はない!! 奴らにとって俺達は食料だからだ!!」
あれーー? ここは自分の言葉に二人が感銘して拳を下す……的な感動で涙もポロリな場面では? 全然感銘されてないよ?
『いきなりしゃしゃり出て、事情もなにも知らない部外者の言葉に感銘するものはいないのでは?』
正論が自分の頭に響く。た……確かにそうだけど……くっ、こうなったら仕方ない。この手は使いたくなかったが言葉が無理な力に訴えるしかない。多分だけど、自分は二人よりも強い。
「そっか、なら自分は強者の権利を行使することにするよ。戦闘を、やめなさい二人共」
そう言って両手を広げる。そんな自分を見て勇者と魔王は唾を飲み込んだ。そして視線を交錯した二人は動き出す。
「今回だけだ! こいつを倒すまで!!」
「ああ、一時休戦だ!!」
そう言って二人して自分に向ってくる。おかしいな……どうしてこうなった?