「足軽君」
「あ、ああ」
もう一度呼ばれて、野々野足軽は平賀式部の元へと走っていく。その時にちょっと哀れそうに桶狭間忠国を見る。桶狭間忠国は悲しそうな顔をして野々野足軽を見てた。もしかしたら野々野足軽なら「一緒に行こう」とか言ってくれる−−と思ってるのかもしれない。
でも野々野足軽は平賀式部を取った。桶狭間忠国は二人で歩いていくその光景に手を伸ばす。もちろん「待ってくれええええ!」とかやってるわけじゃない。そんなことをやったら、もう通報案件だ。
なにせ桶狭間忠国は筋骨隆々の男性だ。何か修羅場ったら相手側に危害が加わる……と周囲は思うだろう。そうなると誰かが……そう誰か親切な人が110番してもおかしくない。
だから桶狭間忠国は僅かにその太い腕を伸ばしたか伸ばしてないか……その程度にして、さらに小さくつぶやいた。
「なんで……」
−−と。
(なんだあれ?)
野々野足軽はそんな桶狭間忠国をチラッと見てた。なにせ野々野足軽は桶狭間忠国が知られてないと思ってる部分までその力で知ってる。だから何か危険なことをしないか……と注意深くしてるんだ。
それは野々野足軽の自分自身のためでもあるし、もちろんだけど平賀式部のためでもある。なにせ痴情の絡れから悲しいことになる−−というのは古今東西、そしていつの時代の作品や歴史でもあることだ。
そしてそれを起こせるだけの力が……具体的には筋力が桶狭間忠国にはある。普通なら男である野々野足軽だって桶狭間忠国に襲われたら一方的にボッコボコにされて終わるだろう。
それが平賀式部のようなか弱い女性ともなれば……それはもう想像もしたくないような悲惨なことになるのは目に見えてる。だからこそ、野々野足軽はあまり桶狭間忠国を刺激なんてしたくない。
とりあえず駅前では桶狭間忠国は行動を起こすなんてことはなかった。けど……どうやらあれから桶狭間忠国は学校に登校してくることはなかったらしい。野々野足軽は気になって、隣の教室を覗いてみたが……そこに桶狭間忠国の姿はなかった。あの巨体だ。見逃す……なんてことはない。椅子に座ってても、座高の高さがそこらの生徒とは頭ひとつ……いや二つ分くらい違うし、そのがっちりとした体格は太ってもないのに二人分はあるような奴である。
それを見逃すなんて……
(ないない)
(それならば探せばいいでしょう。あの者の波長はもう分かってるですから)
(そう……だな)
アースにそう言われて、納得する野々野足軽。不安なのはどこで何をしてるのかわからないからだ。なら見つけて仕舞えばいい……というのは理に叶ってる。なので野々野足軽は力を薄く広げてまずは学校全体を覆うように力を意識してみる。