「お待たせしました」
遊具がわずかばかりおいてある小さな公園。暗闇からぬわっと大男が現れたから、野々野足軽は内心「うおっ」とか思ったが、なんとかそれを出さずにこらえることができた。今は夜も更けた21時頃。学生達も寝たり、それかこれから「夜は長いぜ」とか言ってたりして、それぞれの本当のプライベートな時間になるころだろう。
野々野足軽はご飯も終わらせて、お風呂も終わらせて、あとは寝るだけ……という感じになってる。だがここからは更に力を高める時間ではある。夜な夜な、空に上がって世界を見下げる気持ちいい時間。でも今日は違う。
「どうだった?」
「奴の事はこちらも把握しています。その内、排除しようかと思ってました。ただ、山田奏先輩へと突っかかってので、動向を見守っていた感じです」
そんな風に桶狭間忠国は言った。
「なんであの十字傷の男は山田先輩に執着してたんだ?」
野々野足軽はなんとなく偉そうにしつつ、桶狭間忠国の言葉を待つ。本当なら別に会う必要なんてない。こんな夜に桶狭間忠国にはむしろ会いたくないまである野々野足軽だ。
なにせ寝る前に桶狭間忠国のような濃さの人間に合ってると、夢にまででてきそう……という気がする。
(平賀さん……)
なるべくこの濃ゆい顔を見ないようしつつ、野々野足軽は彼女を思い浮かべてる。けどやっぱりそれもやめた。
(やっぱり無がいいな。平賀さんだとにやにやしてしまう)
どうやらの野々野足軽は平賀式部を思い浮かべると顔がだらしなくなるらしい。人生初の彼女だから仕方ないのかもしれない。しかもとびきり美人。男子高校生にはその事実だけでにやにやできるだろう。そして力なんてものを持ってても、野々野足軽は精神は普通の高校生のつもりだ。
「あいつはどうやら昔からやばい奴……として有名だったらしいです。そして山田奏に執着してたのはおそらく――」
なんか言いにくそうに一回視線をそらして地面を見る桶狭間忠国。けど息を吐いてこういった。
「――あれは男が好きらしいです」
「ん? 実はあの十字傷の男は女だったとか?」
「いえ、性別は男です……」
「なるほど……」
なるほど? と野々野足軽は自身でも思ってる。つまりはあの十字傷の男は男だけど、男が好きな奴……ということ。
「それって確実なのか?」
野々野足軽はちょっと信じられない。確かに昨今、性の垣根みたいなのを取り除こう……的な運動が活発だ。だけど、それはどこか遠くのことだと野々野足軽は思ってた。なにせ自身の周囲にはそういう話は聞かないからだ。もしかしたらいるのかもしれないが……
(わざわざ公言なんてしないよな)
それこそが差別に繋がる考えなのかもしれない。もしもそれが当たり前なら、もっと普通にそのことを話したりするものなのかも。でも世間はそこまで広くはないし、そして野々野足軽はそれが本当にいいことなのかってこともよくわからない。
だからいえることはこれだけだ。
「そうだとしたら、山田先輩はやっぱり罪づくりだな」
なにせ異性だけじゃなく、同性だって魅了してしまってる。それを望むか、望まないかはともかく、その魅力があふれてるから、そんなことになるんだろう。なにせ……
(俺はこれまで好かれたことなんて……)
とか思って野々野足軽は自身の力を感じる。何の魅力もなかったと思ってた野々野足軽だ。でも一つだけ確実に誇れるものが今はある。
「主こそ、これから沢山の者たちを魅了することになります」
桶狭間忠国がそう言って、まるで確信めいた目を向けてくる。桶狭間忠国は言ってる。力を示せば、いろいろなことが変わると……けど今はまだ、そのつもりは野々野足軽はない。だからこういうよ。
「まだ早い」
「はっ!」
二人のそんなやり取りは同じ高校の同級生のそれでは確実になかった。