桶狭間忠国が迫ってくる。膨らんだ腕には血管が浮き出てて、動き出したその圧力が野々野足軽を襲ってた。
(ころさ――)
(ダメです!!)
野々野足軽は殺気を感じてた。それも明確な殺気だ。自分自身に向けられる明確な敵意さえただの男子高校生には珍しい物なのは言うまでもない。それが敵意よりもさらにうえの殺気となると、この国に活きてたら生涯晒されない人の方が多いだろう。
――ドサッ――
と突然桶狭間忠国が倒れた。白目をむいて、口からは泡を吹いてた。
「はあはあ……」
どっと野々野足軽は吹き出てる汗をぬぐう。別に野々野足軽は動いてなんてない。精々一歩二歩程度だ。それなのにまるでマラソンでも終えた直後みたいにひどい汗をかいてた。
「思わずだったんだ……」
誰に言ってるのかわからないような言葉を野々野足軽はつぶやいた。何が起こったのか……野々野足軽は自分自身で理解してる。迫ってきた桶狭間忠国に対して、野々野足軽は思わず頭に……いや、より正確にいえば脳みそに声をぶつけたんだ。それによって無防備な脳はその衝撃にびっくりして停止した……つまりは脳震盪みたいなことが起きてるんじゃないかと野々野足軽は思ってる。
(やってしまいましたね)
(これ……言い訳できるよな?)
(それはどうでしょうか?)
(まだ一回だし……もしかしたら桶狭間がただ体調が悪かっただけって思ってくれるかもしれない。だってどうしようもなかっただろ? 痛いのは嫌だったし……)
野々野足軽は実は何発かくらうっていう選択肢も頭に思い描いてはいた。だってここでボコボコにされてた方が、何の疑いもなく野々野足軽は自身を平々凡々な存在として印象付けることができただろう。
桶狭間忠国は野々野足軽に何かあるのではないか? と疑っていた。ならそれを払拭するためにも何もしなくて、負ける……がバレない選択肢としては最善だった。その時は、桶狭間忠国は彼女−−「平賀式部」に相応しいのは自分だ−−と思ったかもしれないが、それをきっと平賀式部は受け入れる事はないだろうと確信めいてた。
(こいつの、殺気がやばかったんだ。殺されるって……本気で思った)
筋骨隆々の体が向かってくる恐怖……それに野々野足軽は耐えられなかった。直前に筋肉のせいで服が弾けてたのを見てたのもあるだろう。あの筋肉で殴れらたら否応にも自分自身もあのようになるんでは? っていう想像が膨らんだのだろう。
だからこそ、覚悟が一瞬で恐怖へと変わって、野々野足軽は力を使って桶狭間忠国を昏倒させてしまった。
(逃げるしかないよな……言い訳は後で考えよう)
(それよりも、もう上下関係をはっきりさせた方がいいのでは? そうしないといつまでもこの生き物は納得なんてしないと思いますが?)
この場からさっさと逃走しようとしてた野々野足軽にアースがそんなことを言ってくる。