声はおおきくなっていく。大体おかしくなった人と親しかった人というのはきっと近くにいたはずだ。友達同士で道路を歩いてるとしたら、そんなに離れて歩く……なんてしないだろう。家族なら手を取ってたりするだろう。
だから一人だけ残るなんてそうそうないはず。もしもそんな事になったら……自分の友だちや、大切な家族……そんな人達に自分の声が届かなくなったら……それは一体どんなに辛いことだろうか。
おかしくなった人をみる……それは他人だとしても目をそらしたくなるほどだろう。最初はそれこそ「なんだなんだ?」という感じで興味半分で見ると思う。でも見続けてるといたたまれなくなる。
他人でもそうなんだから、知り合いならもっとだろう。だからこそ、草陰草案に泣きついて来るのは仕方ない。なんでその人だけ無事だったのかはわからない。それでも「ラッキー」とは思えないんだろう。
だから彼らはすがりつく。年端もいかない少女に……それだけ体裁なんて気にしてられないってことだ。
「任せてください」
そう草陰草案はいう。けど、草陰草案はちょっと額に汗が……なにせ実際まだわからないからだ。なにがって? それは草陰草案の力がちゃんとこのおかしくなった人たちに効くか……ということである。でもここで「無理かもしれない」とか言えないのも草陰草案であった。
けど困る事は他にはもある。
「私、基本的に力を使うときってその人に触れてたんだよね……」
それである。ぼそっといったそれだけど、すがりついてる人たち以外、つまりはちゃんと草陰草案のことを知ってる猩々坊主たちにはそれは分かってることだ。でも近づくのは論外である。
「近づくのは危ない。意識を持ってかれる。君だけは失うわけにはいかない」
そういう大川左之助。そしてその言葉に続くように草陰草案の肩に手をおいて朝日倉三がその端正な顔でいう。
「君だけが希望かもしれないから……」
そしてそれは勿論だけど彼らのチャンネルで今も放送されてる。真剣な顔でそういう朝日倉三の言葉にコメント欄では「キャーキャー」と女性たちの黄色い声が大量に流れてる。同じ様なことを大川左之助も言ったはずだけど……その時はむしろなんか誂う様なコメントが多かった。
けど朝日倉三の言葉にはきっと女性が大量に書き込んでる。これが顔面偏差値の違い……仕方ないことだけど、やっぱりネットの向こう側ではどうしても切迫感……みたいなのは薄くなってしまうものだろう。
「離れててもどうにか出来るかやってみます!」
そう言って草陰草案は胸元にいつも下げてる石を両手で包み込み、祈るようなポーズを取った。すると次の瞬間、彼女のスカートの裾、髪の毛が、ふわっとなびく。