「でも、席は隣ですよね? それに、時々は話してるとか……」
「いやいや、本当にたまにですよ。彼女だって、自分のような冴えないやつにはそんな興味がある分けないじゃないですか」
そう言って力なく笑う野乃野足軽をその眼鏡の奥からじっと見る桶狭間忠国。それはたしかに納得出来る説明ではある。なにせ平賀式部はこれまでは、そんな対応しか取ってこなかった。誰かと深く関わったりなんてしない。彼女は孤高の存在だった。
でも様子が最近は違う。たしかにそんなに頻繁に話してる姿なんてのは目撃されてるわけじゃない。楽しくおしゃべりしてるところも誰かが見たとかない。はっきり言えば、彼女は今までと何も変わってない。
表面上は。だいたい目撃された野乃野足軽との会話だって、僅かなやり取りがほとんどだ。それは隣の席だからこそ起きる、それこそ自然なもの。一言二言言葉を交わす……学校生活をしてれば、嫌でも前後左右の人とは一日に一回くらいは話すことはあるだろうって思える量の会話だ。
それに野乃野足軽は冴えないというのも本当だ。彼はthe・普通を体現してる。体格は普通、顔は普通、成績は普通……普通三拍子が揃ったような男子だ。まあ友達は少ないから普通よりもちょっと下かもしれない。
でもきっとそれが野乃野足軽の処世術なんだろうと桶狭間忠国は思ってた。そしてそんな野乃野足軽に興味を持つわけ無いという主張は、そのとおりでもある。普通は、野乃野足軽の事を気に留める様な奴はいないだろう。隣に居たとしても、その存在感は薄いと思う。
桶狭間忠国は目の前で野乃野足軽と話しながらも、しっかりとこの男、野乃野足軽を分析している。
(筋肉は平均だな……だが……俺を前にして普通にしてるこの違和感……)
桶狭間忠国はなるべく自分自身を普通にしようと思ってる。けど、よく怯えられることは自覚してる。体がデカいせいだと彼自身は思ってるし、それは間違ってはない。けど、野乃野足軽はそんな彼にも普通だった。
(ただの普通なやつにしては、肝が座ってるな……それに怖いとかいってたが、あれは嘘だ。こいつは俺の事を全然恐れてない)
なんとか態度に出さない様に……とするやつはいくらでもいる。なにせ桶狭間忠国はその鍛えすぎた筋肉を隠すことができてないからだ。揉め事なんて桶狭間忠国相手には大抵の奴は起こそうとは思わない。
この筋肉を見たら、怯えないなんてできない……なにせ大抵はこんな筋肉のやつと殴り合いたいやつなんて居ないだろう。でも野乃野足軽は怯えてなんてない。それはちょっとおかしい。実際、もう大抵の奴が、この野乃野足軽を見てない。だが桶狭間忠国はこうやって接触してみて、良かったと思った。
なにも会話するきっかけなんてなかった。だが、勇気を出してみて収穫があったと思ってる。
(やはり俺の直感は正しい。こいつには何かがある)
なのでどうにかして話を続けないと……と思うが、一体どうすれば……と困ってる桶狭間忠国だ。なにせ普通の会話がどんなものなのか、彼はしらない。
「自分……実は平賀式部さんに好意を抱いてまして……」
「え?」
「ん?」
なんか普通=恋バナみたいな知識があったせいで、いらん情報を公開してしまった桶狭間忠国。てか普通にただ単に恥ずかしくなってしまって、その大きな体を震わせる。そしてすぐに背中を向けた。
「今のは冗談……冗談ですからぁぁぁぁ!!」