その夜、拘留所の一角で、爪を立てるいやな音が鳴っていた。ガリガリ、ガリガリ……と床をそいつはその爪で鳴らしてる。一体何の意味があるのか――と留置所の警備員は感じてた。
「おいやめろ」
格子越しにそんな風に頬に十字傷がある男に言うが、そいつは警備員に視線を向けることもなく、ただただ床に爪を立ててる。
「そんなことをやっても脱獄なんてできないぞ」
そういってもやっぱりだが、反応はない。無視してればいいんだろうが、この音は気味が悪くて精神を削られてた。だからこそ、やめさせたい。一体どうやったらこのおかしな男の注意をひけるのか……それを警備員は考える。ただ大人しくして寝てくれればそれでいい。
だけどこんな異常者の考えなんてわかりようもない。なにせこういう奴らは論理的な思考をしてるわけじゃない。ただただ衝動的に生きてる奴らが大半だ。
それにこんな所に勤めてるからこそわかる。あまりかかわっても損は合っても、得なんてことはないんだ。
「はあ、もういいよ。どうせお前は刑務所に送られる。二度と出てくるなよ」
警備員はどうせ聞いてないだろう――と思ってそういって歩き出した。もう諦めた、あんな異常者にかかわるよりも自身が我慢すればいい……その気持ちになってるんだろう。けどその時だった。
ガシャン!
――と留置所にそんな音が響く。まるで鉄格子に大きな何かがぶつかったみたいな。振り返った警備員の目に入った光景は、十字傷の男がその目を見開いて、こちらを見てるそんな光景。
片腕を鉄格子から出して何かを探すように腕を動かしてる。
「行かなきゃなんだよ~。いかないと、気になっちゃうだろう!!」
さらには鉄格子をバンバンと両手でたたき出す。その異常な行動に背筋が冷えるが、もう一人の同僚もやってきて、二人しておかしな行動をとってる十字傷の男のところへといった警備員二人はおかしなことをしてる十字傷の男へとその行動をやめさせようと奮闘した。
そして留置所の警備員の詰め所へと戻ってきた二人は、とても疲れてた。
「だから言っただろう。まともに相手にするな。会話なんてしたって意味ないんだよ」
「わかってるけど……うるさかっただろ?」
「それでもかかわっちゃいけねえんだよ……ああいうのはな」
そんな会話をしてると、留置所の奥からいきなり高笑いが聞こえてきた。何もない留置所の中で一体何に笑ってるのか……二人は顔を見合わせて一瞬止めにいくかどうかを目くばせだけで会話した。
けど……二人は無視を決め込んだ。
「あは……ははははははははは! あっははははははははははは!」
留置所に押し込められてる十字傷の男は笑ってる。そしてその視線の先にはおかしな奴がいた。消えたりついたりしてる蛍光灯の光だけじゃなく、その男の顔は靄のようなものが顔の周りにかかってて見えなくなってた。