はあはあ……
「〇〇くん! 〇〇くーーーん!! どこーーー!!」
彼女は暗闇の中を走ってた。荒い息を吐きながら周囲をキョロキョロと見渡しながら、どこかに何かがないか……目を凝らしてる。けど、何も……何もなかった。パシャパシャと水を踏むような足音が聞こえてる。さっきまで雨なんてもちろん降ってなかったし、今も降ってない。けど足元には水があるかのようにパシャパシャとなってる。
「はあはあはあ……」
息が続かなくて両膝に両手をついた彼女。真っ暗な空間だけど、足元には自身の姿が写ってた。自分を中心に波紋が広がってる。動いてないから、波紋が広がるなんておかしいはずだ。けど、波紋は常にどうやら彼女を中心にこの真っ暗な空間に広がってる。
『楽しめたか?』
そんな声が聞こえた。思わず彼女は「誰!?」と叫ぶ。そして周囲を見回した。けど何もみえない。
パシャ――パシャ――
と足を動かすたびにその音が響く。
『もう夢は十分見ただろ? それにこれが現実じゃないって本当はわかってたはずだ。ずっとずっと……これは』
「やめろ!! やめてくれ!!」
聞こえる男の声。その声が彼女は聞き覚えがあることに気づいた。そしてすぐに耳を塞ぐ。
『意味なんてない。そんな事。なぁ、わかってるだろう? これが夢だってな』
「そんなわけ無い!! これは現実なんだ。私は……俺は女になったんだ! そして家族ができて、彼氏だって!!」
『ははっ、何いってんだよ。俺のようなクズに、そんなのできるわけ無いだろ? それはお前自身が一番良くわかってるはずだ』
「違う!! 違う違う違う!! 俺は……『私』はお前じゃない!!」
暗闇の空間に彼女の声だけが響く、彼女はふらついてる。聞こえる声を振り払うように頭を振るってる。そして気づいた。下を向いた時に、その暗い水に映るその姿に。
「お前は……」
『俺はお前だよ。本当のお前だ。そうだろ?』
「違う!! そんな訳……ない……そんな」
その時、水の中の彼が迫ってくる。ただ水が人の形を取ってるだけのような……そんな感じで、その中に十字傷の男の姿を映してるって感じ。
「やめ……ろ。やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
そんな声とともに、彼女はその水に包まれてそして沈んでいった。