その日は暑かった。東京は九月の半ばにさしかかろうとしてるのに、その日は三十九度くらいあったし、夜はもちろん熱帯夜だった。だから彼『野々野足軽』高校一年生はさっさと布団に入って眠りにつこうとしてた。彼はなかなかに健全な高校生でいつだって夜の十時には寝るようにしてるような真面目な奴だった。
特徴と言えば真面目……そして影が薄い奴ってのがたぶんクラスメイトからの評価だろう。そしてそれに彼、野々野足軽も異論はなかった。自分でもそうだと思ってるし、目立つのはあまり好きではない。てか目立ちたくても目立つような能力はない。
野々野足軽は極めて平凡な男子だったのだ。まあだが、そのおかげでこれまで目立たず、そして悪目立ちもせずに生きてこられた。幸いにもいじめの対象にもされなかった。
でも悔しくは思ってた。別に正義感が人一倍強い訳ではない。野々野足軽はいたって普通の感性の持ち主だ。けど、何か自分が特別なんじゃないかってのは常に……いや常々思ってた。まあそんなことは一切なく、ただ本当に平々凡々に過ごして今日まで生きてきた彼なのだが……髪を一念発起で染めてみる……なんて挑戦もしようと思ったが、結局やらず。
筋肉がつくと自信が芽生えるという触れ込みに筋トレを初めてみたが三日でやめて……何かの才能がないかと音楽とかパソコンとか色々とやってみたが……どれも長続きもせずに、そして楽しいと思えるものもなかった。
(将来はサラリーマンしかないか)
それも悪くないのかもしれないと野々野足軽はちょっと諦めてた。別にサラリーマンが不幸なわけでもないし、結婚して子供が出来て、マイホームとかあったらそれは世間一般がいう幸せではないだろうかと納得しつつあった。
けどそれはある日突如……本当になんの前触れもなくおきたのだ。別にクモにかまれたり、夢で神様に会ったり、雷に打たれたり、妖怪の王の指を食べたわけでもない。
いつものように眠ってそしていつものように起きた。けどなんかその日はちょっと肌寒いし、なんか不安定だなって野々野足軽は思ったんだ。そして気づく。
(やけに天井が近いな?)
毎日毎日見てる天井だ。その距離感だって把握してないわけはない。それがやけに近い――と野々野足軽思った。
「なんだ……これ? え? ちょ!?」
どんどんと近づいてくる天井に慌てる野々野足軽。けどそれを止める術なんてわからないわけで……そもそもがなんでこんなことになってるかもわかってない。
「うげええええいたいたいたいたい!!」
天井に到達した野々野足軽は更に天井にめり込もうとしてた。どうやらこの現象は天井程度の障害物ではとまらないらしい。こままではやばい……つぶれる――と野々野足軽は思った。けど一体どうしたらいいのかなんてわからない。
(せめてすり抜けたりできたら――)
そんな事を思った瞬間だった。なんか体が半透明になった気がする。そして圧迫感がなくなっていき、野々野足軽の体は天井をすり抜け始める。
(えええええええええ!?)
最初からパニックだったが、更にそのパニックが一段階も二段階もあがった。声に出して叫んだつもりだった野々野足軽だったが、実際には声には出てなかったようだ。
天井内部を呆然と見つつ、ついに屋根も突き抜けた。その瞬間、空には満点の星空が……と思ったが、ここは比較的都会だからその光で空には数えるほどの星しか見えなかった。
でもその空気は変わって、室内のこもった空気から外の流れる空気に変わって、更に野々野足軽は空へと昇っていく。
「これって、このままじゃ大気圏とかに行っちゃうんじゃ……」
それは流石にまずいとわかる。そこまて頭がよくない野々野足軽でもわかる。なにせ宇宙には空気はないのだ。絶対にやばい。
「どどどど、どうすればぁぁぁぁぁ!?」
じたばたしだしたがそれで体の上昇は止まらない。どんどんと地上が、家が遠くになっていく。一生懸命、止まれ止まれと野々野足軽は念じるが……
「なんでだよ!」
それでは止まらない。
「もしかして、自分の力ではないのかも?」
その可能性に野々野足軽は気付いた。なにせ彼にはこんな力はなかった。というかこの世界にこんな力があること自体しらなかった。なにせこんなのは夢物語、漫画や映画とかフィクションの話でしかない……と思ってたからだ。だからよくよく考えれば、自分にこんな力があると思うよりも、誰かにやられてる……と考えるほうが自然だ。
「いや、夢の可能性も……でも痛かったしな」
天井にぶつかった感触はリアルだった。いや、彼はこれまでの人生で天井にぶつかった経験なんてなかったが、それでもあの痛みはリアルだと野々野足軽は思った。
「夢じゃなくて、いくら制御しようとしても無理ってことは……やっぱり誰かが自分に攻撃を――ってなんで?」
次にそんな疑問が湧いてくる。なにせ誰にも野々野足軽は恨まれるような生き方をしてきたつもりはないからだ。しかもこんな通常ではありえないような事をされる身に覚えは全然ない。
野々野足軽は無難に普通に誰にも恨まれずに生きてきたと自負してるんだ。だからこんなことをされるいわれはない。
「なんだ……あれ?」
何かが空にある。どのくらい高く昇ってきたかわからないが、地球が丸いということがわかるくらいの所まで上ってきてた。でも不自然と寒くはない。上に上がるごとに寒くなるものだと思ってたが……全然快適だった。いつこの力がなくなって野々野足軽は自分が落ちていくのか……気が気でなかったが、一向にその気配はないからやっぱり宇宙まで飛び出す事をもう一度懸念し始めたわけだが、宇宙に近づくにつれて、何かがそこにある気がした。
野々野足軽にも核心はなかったなにせ目の前に満点の星が広がってる。雲も彼よりも下にいっている。だから視界は遮るものがない空だ。じゃあなんで野々野足軽はそこに何かあると思ったのか
それはちょっとした違和感というか直観みたいなものだった。
「お前が、自分を呼んだのか?」
そんな事をつぶやいて彼は手を伸ばした。そして何か冷たいものに触れた気がした。その瞬間、野々野足軽は浮遊感をなくして落ちていく。
「うわっ! うわっ!! うわあああああああああああああああああああああ!!」
その叫びは空に木霊してた。