「おはよう野乃野くん」
そんな事を教室に入ってきて言うのは平賀式部だ。昨日あんなことがあったから、ちょっと意識してしまうが、野乃野足軽はなるべく意識なんてしてませんって普通の感じを意識して「おはよう」と返した。
「野乃野君、昨日は大丈夫だった? 今日は休むのかと思ってたけど……」
「だ、大丈夫。もう一晩寝たら元気いっぱいだからさ」
「そう、それなら良かった」
何気ないクラスメイトとの会話……平賀式部にとっては多分そんな感じなんだろう。けど声をかけられた野乃野足軽はそうじゃない。クラスでも、いやこの学校で特に綺麗な女子である平賀式部に朝から声を掛けられる。それはこの学校の男子にとってはその一日を占うほどのことなのだ。
それに平賀式部はほぼ普段喋らない。基本一人で居るし、その声を聴くのは授業中に教師に当てられて朗読する時くらいだ。
そしてそういう時、クラスの男子はその耳を最高潮に研ぎ澄ませる。なにせ彼女の声は貴重だからだ。そしてそのか弱そうな体に相応しいそのささやくようなか細い声を一言さえも聞き逃すまいと、誰もがしてる。
そんなわけで、この朝からの開口一番の声かけは野乃野足軽にとっては驚くサプライズだった。クラスの男子たちは普段どおりを装いつつ、実は驚愕してた。平賀式部のことは男子は暗黙の了解で眺めるだけ……みたいな空気ができてた。なにせ誰が声を掛けても、それこそイケメンと呼ばれてる先輩やら同級生が声を掛けに来ることはよくあったが、それらすべてを袖にしてきた平賀式部は自然と眺めるだけの存在になってたんだ。
そんな平賀式部が声を掛けた。ある意味で話題になるような事態だ。
(面倒な事にならないといいけど……)
そんな風に思ってた野乃野足軽だが、一時限目の休み時間、それは起きた。複数人のクラスカーストの上の方の奴等がなんか絡んできた。絡んできたというか、なるべく平賀式部への印象に配慮したのか、普段は絶対に話なんて振ってこないんだが、ある意味で近くの席のところで話してる風を装って自分たちの話題に野乃野足軽を巻き込んで会話に混ぜる……そんな事をやってきたんだ。
「いやー最近あのチャンネルさー、ネタがそろそろやばいと思わないか?」
「やっぱり過激なのは限界があるよな。どう頑張っても犯罪スレスレになるし、そうなったらリスクとリターンが見合ってなくね?」
どうやら彼等は自身が見てるチャンネルのこれからをあんじてるようだ。野乃野足軽はそういうチャレンジ系の動画チャンネルは見てないからよくわからない。そんな風に思いつつ、実は教室でも超能力筋トレ(超トレ)をしてた野乃野足軽。今は誰にも気づかれないようなことをやってる。アクアではなくアースという地球の概念的存在をそばに置いた野乃野足軽は今、面白い事を実験してた。それはアースが言ってた野乃野足軽を通して世界を見るということの逆である。
アースが野乃野足軽を通して野乃野足軽の世界を見ることが出来るのであれば、その逆だってできておかしくない。というわけで、野乃野足軽はアースを通して地球の歴史を見る訓練をしてた。授業よりも正確で真実の歴史を実はしってるアースである。
それはなかなかに面白い……と思ってたところでなにやら雑音が入ってくる。
「そういえば、野乃野君はどんなチャンネルとか見てるの?」
「おおーなんか興味あるかも」
「自分たち、なんか趣味とか似てるから同じ様なのばかりになっちゃってさ。なんかおすすめとかあったら教えてほしいな」